2012年03月21日

3月20日(旧日銀)アーサー・ビナードさんギャラリートーク


昨日3月20日、被爆建物である旧日本銀行広島支店で行われている「きみは3.11を見たか?」の展示を見に行った。
アーサー・ビナードさんによるギャラリートークにも参加した。

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ロビーで展示されていた「神隠しされた街」は今年1月に出版された『ひとのあかし』に収められている若山丈太郎さんの詩と斎藤さだむさんの写真、そしてアーサー・ビナードさんの英訳である。
内容については、足を運べる方は実際に見て頂きたいし(25日まで開催)、無理な方は『ひとのあかし』を手に取って頂きたい。
ビナードさんが「予言だ」と叫ばずにはいられない若山さんの「神隠しされた街」は1994年にすでに詠まれていた。
現在の福島の状況を予言する。
ビナードさんによれば若松さんとの会話の中で彼は「不遜」という言葉をよく口にされるそうだ。「まわりの人間に対しても、他国の人間に対しても、動植物に対しても大平洋と活断層に対して、公平に向き合って、いわゆる「上から目線」が一切なく、ひたすら平等に臨んだことがポイントではないか」(『ひとのあかし』まえがきにかえて より)

「神隠しされた街」の詩を見ていると、そこにある福島の現在の写真だけでなく、あのチェルノブイリ原発労働者の町プリピャチの保育園に残された人形や、一度も子どもたちが乗ることもなく止まっている観覧車、避難のために道路につらなるバスの列などまで見えてくる。
なぜ私たちはチェルノブイリを教訓にできなかったのだろう。

私個人としては福島原発事故後に詠まれた「ひとのあかし」に鳥肌が立った。
そしてその英訳「What Makes Us」に胸を打たれた。
そうだよね、何が人を人たらしめているのか。
それを失えば、人は人でなくなるのだ。

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 様々な講演会に参加するのは、今まで知らなかったことを知るのが目的であるけれど、私の場合、自分の思いを確認するためであることが多い。そう思って参加しなくても結果的にそうなる場合が多い。
まさに今日のトークも頷くことばかりだった。内容については皆さん、各地の講演会場で。

核兵器の原料であるプルトニウム。それを作っている原子炉が無くならない限り核廃絶はできない。
核廃絶と脱原発、劣化ウラン弾廃止、全部つながっているのになぜ一緒にできないのでしょう。
広島ではとくにそれを強く感じる。

昨日の会場旧日銀広島支店で2001年夏、世界のヒバクシャ写真展を行った。
あの時は「ヒロシマは広島の原爆被害だけではなく、その知名度をもって、世界の核被害を伝える義務がある」と思って開催したのだけれど、今思えばその頃の私はまだまだ甘かった。その後、9.11、アフガニスタン攻撃、そして3月20日のイラク攻撃とアメリカは突っ走っていった。
そして日本もアメリカに従ったと言っていい。
原発導入のからくりも同じようなものだった。

3月20日にこの展示と、講演に接することができたことに感謝。

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posted by sneshika at 10:58| 原発